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ピアノコラム piano column

 

[冷えぴたをはったままコンクール]
頑張ったMちゃん

Mちゃんはとびきり明るくてげんきな5歳の女の子だ。いつもにこにことしていて声も大きく、音楽を聞くと踊り出す!楽しい曲は楽しそうに、静かな曲は静かな動きでからだ全体で音楽を受け止める。情感あふれるその表現は見ているこちら側にも十分伝わってくる。

そんなMちゃんがピアノコンクールにチャレンジした時のことだ。

いつものように、音楽に乗って踊り出したくなるように演奏すれば、もうそれだけで十分に素敵な演奏になっていた。
Mちゃんのお母さんは曲のイメージに合わせたグリーンのサテン地のシンプルなワンピース、真っ白なフリルのついたソックスに白のエナメルのくつ、髪には白い花かざりをつけて本番を迎えようと準備をしていた。

「コンクールで一番大事なことは?」と聞かれ、「体調管理!」と合言葉までキマッテいた。
それなのに、前日の夜遅く電話がきた。あんなにも体調管理に気を配っていたのに・・・

高熱を出していると言う。
Mちゃんはアレルギー体質で、解熱剤が使えない。頭を冷やして、しずかに寝かせるだけだ。
う~ん・・・あんなに楽しみにしていたのに・・・あんなに一生懸命勉強したのに・・・
Mちゃんだけではない。遠方からはおじいちゃん、おばあちゃんも応援に来ることになっていた。
が・・・しかし・・・Mちゃんは40度の高熱を出して寝ている。
残念! さすがに今回は無理か・・・半ばあきらめていた。

翌朝早く電話がきた。
「先生、熱が下がりません・・・ただ、Mはどうしてもコンクールに出るって自分でドレスを着て出かける準備をしているんです。」泣き声だ。
「何か食べられましたか?」
「ジュースを少し・・・」
微熱程度ならば少々無理をしてでも・・・と思うが、高熱ではたとえ本番演奏したとしてもそれがコンクールという場で評価される演奏になるかどうか、結果が良くなければ結局Mちゃんが泣く事になるだろう。
「残念ですが、今回はあきらめましょう。今日はゆっくり休ませてあげてください。」と伝えた。
しかたがない・・・チャンスはまた来る! 私は自分に言いきかせた。

ところがだ、コンクール会場にMちゃんが来た!

グリーンのドレス、白い靴をはき、頭には白い花飾り、そしておでこには顔が半分かくれるほど大きな冷えぴた(冷却用湿布)をはっている。
隣には泣き顔のお母さん、心配顔のお父さんがたっている。
「どうしてもコンクールに出る!と言って聞かないんです。」
見るに見かねたお父さんが、毛布でMちゃんをくるみ、車のシートを倒して抱きかかえながら会場に連れてきたと言う。
大きな冷えぴたの下の顔は、高熱で真っ赤だ。小さな手は汗でびっしょり濡れている。

Mちゃんは、ハアハアと息をしながら、じっと私をみつめ「せんせい、Mね、コンクールでるね。」と言った。

どうしよう、どうしよう・・・頭の中がグルグル回っていた。
この状態で良い演奏など無理だろうに・・・

私は一息、深く息を吸った。
「わかりました。Mちゃん、出ましょう!いつも踊っていたように、楽しい気持ちでひけるかな?」
「うん!」いつもの大きな声がかすれている。

コンクール本番、舞台そでで冷えぴたをはがしMちゃんはピアノに向かっていった。
おじぎをした時、ふらついた。
ピアノの音が鳴り出すと、いつもの明るい元気いっぱいのMちゃんの音だ。
高熱のことなど忘れてしまったかのように楽しそうに弾いているではないか!
ピカピカの演奏だ!
大きな拍手がなりひびいた。満足そうな顔をしたMちゃんが舞台そでに帰ってきた。

「よくがんばったね!」お父さん、お母さん、そして私も皆泣いていた。
結果などどうでも良かった。
こんなにも悪条件の中、まだ幼稚園児というのに、楽しい気持ちを思い出してしっかりとピアノを弾き切ったのだ。

何という根性!
何という集中力!
Mちゃん、あなたは金メダルだよ!

演奏が終わると安心したのか、Mちゃんはお父さんの大きな腕の中でスヤスヤと寝入ってしまった。お母さんは、Mちゃんのおでこに大きな冷えぴたを再びはった。

Mちゃんを抱きかかえたお父さんが玄関を出ようとした時だ、会場にMちゃんの名前がアナウンスで響いた。

えっ? もしかして・・・入選?

Mちゃんを抱いたお父さんがあわてて会場に戻った。ステージには入賞者が並んでいた。

Mちゃん!金賞だよ!

目をさましたMちゃんは、白い大きな冷えぴたをはったまま舞台へ上がっていった。
トロフイーを渡して下さった審査員長の先生が驚いた顔をしていた。
「まあ! 熱があったの? 頑張ったのね! おめでとう!」
みんなで撮った記念写真には、中央で大きな冷えぴたをはったMちゃんがトロフイーを持ちにっこりと笑っている。

がんばったねMちゃん!


長廻かおる

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