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ピアノコラム piano column

 

[グランドピアノを買った!]
70歳 Mさんの話

[グランドピアノを
買った!]
70歳 Mさんの話

今年70歳になるMさんは5年程前から私の所でピアノを習っている。
「私は高齢者ですから‥‥」と遠慮がちに言うMさんだが、いつも身なりに気を付けている様で、レッスンの時は素敵な洋服を着て、ほのかに良い匂いがする。

Mさんは若い時に父親を病で亡くし、現在90歳を超えた高齢のお母様との二人暮らしをしている。
すっかり足腰の弱くなったお母様は一日中ベットで休んでいることが多く、何か用事があるとき、例えば、お水が飲みたいとか、トイレに行きたいと云う時は、大声でMさんを呼ぶ。
そのうち、だんだんと、大声で呼ばれる事が多くなってきた。
特に用事が無くても、さびしい時や話し相手が欲しい時だ。

介護生活が始まり、家に居る時間が長くなったMさんは、ふと、子供の頃少し習った事のあるピアノを始めてみようかと思い、自分の為に小さなアップライトピアノを買った。
○十年ぶりのピアノだったが、さわっていると自分が子供だった時の事を思い起こさせる。
小学校から帰り、友達と遊んでばかりいた自分、宿題をやらず先生に叱られた自分、「練習しなさい!」と厳しく言う母親…とりわけ、口うるさかった母親とはよく衝突した…
などと思いをはせると、今、目の前にいる弱々しい母親もあの頃は元気だった、と改めて考えさせられた。

そんなMさんがピアノを弾くようになってから、不思議なことにお母様の様子が変わってきたそうだ。大声を出さなくなったのだ。
一日のうち何度も大声で自分を呼んでいたのに、Mさんのピアノの音が鳴っている間はとりわけ大人しい。もしかして、ピアノの音がお母様の昔の記憶をよみがえらせたのか?
ピアノの音を聞くと、良く眠れると言っていた。
音楽の不思議な力!
穏やかな日の中、Mさんのピアノはゆっくりと上達していた。

そんなお母様が亡くなった。
90歳を過ぎ「いつお迎えが来ても良い様に…」などとジョウタンのように言っていたが…
長くお母様と二人暮らしをされていたMさんは、すっかり心の支えを失ったようで、ピアノを弾く気にならないから…とレッスンを休んでいた。

数ヶ月が過ぎた頃だ、Mさんから電話がきた。
レッスンはもうお辞めになるのだろうか…
不安な気持ちで電話を取ると、何と! グランドピアノを買ったと言う。
お母様が亡くなり、それまでいつも休んでいたベットを片づけた、その場所にグランドピアノを置いてあるそうだ。
『母が亡くなって、ぽっかりと空いた穴を、グランドピアノが埋めてくれます。』そういうMさんの声は透き通るように静かだった。

Mさんのお母様、天国でピアノを聴いていて下さい。


長廻かおる

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