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ピアノコラム piano column

 

[プチトマトの君]

我が家の庭に植えたプチトマトがびっくりするほど沢山実を付けた。
ただ植えっぱなしだったのだが、見事なものだ。
レッスン室の窓からもこのプチトマトは良く見える。
レッスンが終わって、プチトマトを一つつまんで帰って行く生徒さんも多い。小さな赤い実は、思わず手を伸ばしたくなるくらい魅力的だ。

ところが…
ふと、庭のプチトマトに目をやると、おやっ?
赤い実が無い!
あんなに沢山ついていたのに…無いのだ!
よく見ると、雑草に埋まる様に赤い実が下に沢山落ちている。
しかも、踏みつぶされているではないか!
誰がこんな酷い事をしたのだろうか?
レッスンに来ている生徒さんには、「どうぞ!」と言ってあるから、踏みつぶす事はしないはず、いたずらにしては酷過ぎる。

翌日のことだ。
「ピンポーン」ドアチャイムが鳴った。見知らぬ親子連れだ。
「すみません、うちの子がこちらのプチトマトを踏みつぶしたようで…」
そう言って、男の子の頭を抑え込み、二人で頭を下げている。
お母さんの話によると、その日、小学3年生O君のスニーカーの底が赤くドロドロに汚れていたとか。
もしかして、血?ケガでもしたのかと思いO君に問いただすと、トマトを踏んだと言う。

詳しく聞くと、小学校の行き帰りにいつも私の家の前を通るそうだ。
帰り道、ピアノの音が聞こえるので、時々、庭の中まで入って、窓に耳を当て聞いていたが、だんだん自分もピアノを習いたくなって、何度かお母さんに「自分もピアノを習いたい」と頼んだが、
「あなたは、男の子でしょ。男の子は外で元気に遊んでなさい。ピアノ習ったって、どうせ直ぐ飽きちゃうに決まってるわ。」
と言われ、相手にしてもらえなかったそうだ。
それでもO君は諦め切れず、時々、窓に耳を当て、ピアノを聞いていたとか。

あの日もそうやってピアノを聞いていたら、たまたま友人にその姿を見られてしまったと。
「お前、アホちがうか?」とからかわれ、つい、そこにあったプチトマトを引きちぎり、くやしまぎれに足で踏みつぶしたと言う事らしい。

「まったく、お詫びの言葉もありません。」深々と頭を下げるお母さん。
O君は涙を浮かべうなだれている。
「そうでしたか。でも、こうして家に来て頂いたのも何かのご縁かもしれませんよ。」
「ねえ、O君、ピアノが聞きたかったのでしょう?お上がりなさい。ピアノのそばで聴いてみてくれる?」
そう言うと母子は驚いたように顔を見合わせていたが、「いらっしゃい」と言う私の言葉に促され、おずおずとレッスン室に入って来た。
ピアノが聞きたくて、窓に耳を当てていたなんて、いじらしいではないか!

私は、O君のために、彼が好きそうな曲を2,3曲演奏した。
「一緒に弾いてみない?」と誘い、「こことここを一本指で押さえてね。」と即興で連弾をした。
O君の顔は嬉しさと興奮で真っ赤だ。鼻の頭に汗までかいている。
2,3回練習すると、ちゃんと曲に仕上がった。
「おもしれ-、おもしれー!」O君は何度も繰り返し、弾いた。
よほど嬉しかったのだろう、母子は何度もお礼を言って帰って行った。

その後、O君は改めて、お母さん、お父さんと一緒に家に来た。
「あんなにも嬉しそうに真剣にピアノを弾いている我が子を見たら、習わせてあげたくなりました。男の子だから…なんて事関係ありませんね。好きな事を一生懸命やるのを応援します。どうか、うちの子にもピアノを教えて下さい。」
親子三人が揃って私を見つめている。

ようこそ!プチトマト君!一緒に音楽やろうよ!


長廻かおる

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