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ピアノコラム piano column

 

[二股をかけていた生徒さん]

[二股をかけていた
生徒さん]

小学3年生のJ君は私の所でレッスンを始めもう1年になるというのに、なかなかレッスン内容が軌道に乗っていない。
お母様はJ君が3歳より他の音楽教室でピアノを習わせていたが、期待するほどの上達がないからと小学1年生の終わりに私の所に転校してきた。
J君は大変繊細で、お母様の声の調子で機嫌の良し悪しが出てくるほどだ。
レッスン中は何度となくお母様の方を見て、お母様の動作一つにびくびくしているのだ。
お母様は大変熱心でレッスン中の先生の言葉を専用のノートにメモしている。
この親子の間にはいつも緊張感が漂っているように私は感じていた。

ある日のことだ。
バッハのメヌエットを弾いている楽譜がいつもと違う。
「先週レッスンで先生が書き込みをした所が違う事が書いてあるけど…誰かの楽譜と取り違えてしまったのかしら?」
見ると、他の楽譜、ツエルニーやソナチネもどこかが違う。
どういうこと?
楽譜を入れたカバンごと誰かの物と取り違えたのかしら?
重い沈黙が流れた。
J君もお母様も困った顔をしている。

厳しい顔をしたお母様が告白した。
ナント!
同じ曲を他の先生にもレッスンしてもらっているそうだ。
一回限りではなく、この1年間ずっと…
「速く上達させたくて…すみません」お母様はつぶやくように言った。
レベルがある程度高くなり、コンクールや音楽学校の受験とかならそれもまた勉強になる。
だが、J君のレベルはまだ一つ一つの音読み、先生の模倣をしながら口移しで音楽を習っている状態だ。
このような時期に同じ曲を同時に違う先生に習うなどとは、混乱するだけである。

どうりでJ君がレッスンの軌道に乗れないはずだ。
私はお母様にきっぱりと言った。
「音楽の基礎創りの今、最も重要なモノは何だと思いますか?
それはお互いの信頼です。しっかりとした基準になる価値観を持って落ち着いてレッスンする事が大事です。同じ曲を二人の先生に二股かけているようでは、基準の価値観を作ることは無理です。
私は一生懸命J君に必要と思うことを指導していますが、それが信頼できないと言うのならば、どうぞ他の先生の所で習ってください。」
するとJ君のお母様が言った。
「先生の指導を二人分習った方が2倍上達するかと思いました。」
J君は困った表情でお母様と先生をチラチラと落ち着きなく見ている。
子供のため…と言うが、それは違う。

その後J君はピアノを弾かなくなった。
いや、弾けなくなったのだ。
どう弾いたら良いのかわからないから弾かない!
J君の心の声が聞こえた。


長廻かおる

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