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ピアノコラム piano column

 

[入院先から発表会]
どうしてもピアノがひきたい

[入院先から発表会]
どうしても
ピアノがひきたい

Sさんは小学3年生、小柄で色白の女の子。5歳の時からピアノを習っている。
看護師をしているお母さんは忙しい中、週に一度、片道1時間をかけてレッスンに連れて来てくれる。レッスンは、母親として娘の成長を実感できる楽しい時間だと言っている。

そんなSさんの様子が近頃おかしい。
どうも元気がない。
もともと色白だが、どちらかというと青白で、ピアノの音にハリが無く、響きも弱々しく、子供独特のエネルギーが感じられないのだ。
お母さんに家での様子を聞くと、家では変わりなく元気だと言う。

何かおかしい。
はっとした。
もしかして、Sさんは忙しいお母さんの前では心配かけまいとして、元気そうに振舞っているのではないか?

夜、Sさんのお母さんに電話をかけ、その事を話した。
「先生、どうしてそんな事がわかるのですか?自分は看護師で、毎日一緒なのに特別変わった風には見えませんよ。」と聞かれた。
「ピアノの音がいつもと違っています。何か悩みがあるとか、体調が悪いとか、音にあらわれますから。一度、健康診断だと思ってみていただいてはいかがですか?」私は強く言った。

翌日、お母さんはSさんを病院に連れて行った。
何と!重度の貧血!通常なら立って歩くのも難しいほど、赤血球の数値が低い!
即、入院となった。
そんな時でも、お母さんは仕事を休めず、小学3年生のSさんは、たった一人で入院だ。
発表会まで、あと3週間だ。
それまでに退院して、練習・・・。
発表会出演は無理かもしれない・・・。
そんな事を考えている私を見透かしたのか、

「私、発表会には絶対でるからね。先生、私の名前、プログラムから消さないでね。」

ベットに横たわったSさんは、私を見上げて言った。
その細い腕には点滴がつけられている。
お母さんからは、毎日メールが来た。
Sさんが寂しく無い様にキーボードをベットサイドに置き、気分の良い時にはヘッドホーンをしながら、発表会の曲を練習しているそうだ。
そんな無理をして体は大丈夫なんだろうか?

お見舞いに行った時、担当のDr.に直接聞いてみた。
すると、「Sさんの場合、ピアノを弾きたいと言う強い気持ちがあるからこそ、注射や投薬にも耐えているのです。病気なんかに負けない!この気力が大事なんです。」と言われた。

『気力!』か・・・良し、やろう!

私は病院のベットの小さなテーブルにキーボードを乗せ、レッスンすることにした。
本物のピアノをイメージさせ、まず、片手を丁寧にさらわせ、フレーズごとに区切って両手の練習。何度も反復させた。Sさんの顔色を見ながら。
私は時間の許す限り何度も何度も病院に通った。
カーテンで仕切られたベットがレッスン室だ。
上手い、下手の問題では無い、音楽心こそが大事!なのだ。

発表会の日が来た。
Sさんは一日だけ外出許可をもらい、発表会場へとやって来た。
身体の負担を少しでも少なくするように車いすに座ったSちゃんが、舞台袖にいる。
ピンクの透き通るようなジョーゼットのドレスを着、髪には白いバラの花が付けられている。頬の色はまだ青白いが、緊張とやる気があふれている。
客席に目をやると、心配顔のお父さん、おじいさん、おばあさんの顔が見える。

開演のブザーが鳴った。
ハンカチを握っているSさんの小さな手が小刻みに震えている。車いすを押しているお母さんの目には涙がにじんでいる。
大丈夫!あなたなら、きっと上手に弾けるよ!がんばれSさん!


長廻かおる

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