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ピアノコラム piano column

 

[交通事故!]
留年して卒業

レッスン時間を過ぎたのに、生徒さんが来ない。
実技試験の前なのにおかしい。電話もつながらない。
一人暮らしの彼女の事が、心配になった。
念のため、音大の事務局に問い合わせをする事にした。

大変なことが起っていた!

『交通事故!』重症!
すぐに病院に駆け付けた。幸い命は助かったが、、、

左手が複雑骨折で、大きなギブスに包まれ、手の甲の側に90度に曲げて固定されている。まるでLの字を反対にした様な形だ。右手は真っ直ぐ伸ばした状態で固定されていた。顔は、割れたフロントガラスの破片で切ったのか、ガ-ゼで覆われている。全身も強く打撲していた。
傍らではお母さんが泣いている。
聞くと、友人の運転する車の助手席に座っていた時、左側に停車していた大型トラックに気づくのが遅れ、突っ込んだそうだ。とっさに手で顔を覆ったのだろう、助手席の方がトラックの後ろに食い込んだ状態で助けられたという。
運転手は軽傷だったが、助手席の彼女は、大けがをした。

あと半年で卒業のはずだった。
「命が助かっただけでも良かった…」そうは言ったが…あの手の様子では、今後ピアノ演奏は無理かもしれない…。
3歳よりピアノを始め音楽大学を卒業したらピアノの先生に成りたいと言っていた彼女だ。どんなにか無念であろうか…
一人暮らしを心配していたご両親の気持ちを考えると涙が出た。
とりあえず、大学は休学する事となった。

一年後、左手に逆さL字型のギブスをした彼女が復学してきた。
身体の方はもう大丈夫だ。
しかし…左手は使えない。
とりあえず、学科の授業だけ出席する。
「先生、何年かかっても構わないので、またピアノが弾けるようになりたいです。お願いします。」
そう言って、ギブス姿の彼女は深くお辞儀をした。
「そう、どこまで私が役に立てるかわからないけれど、やりましょう!」
そう言って、私は、彼女の両手をにぎった。

まず、動く方の右手だけで、ハノンの練習で手を動かす。
事故以来、初めてピアノにさわった彼女の頬が赤い。
「急がず、ゆっくりゆっくり…」彼女にも、又自分自身にも言い聞かせる様にレッスンが始まった。

半年後、逆さL字型のギブスが取れた。
しかし、今度は手首を伸ばしたまま、I字型のギブスだ。まだ指先までも覆われている。

さらに3ヶ月後、指先まであったギブスが段々と短くなってきた。
左手の指先が半分見える!しかも、ちゃんと動く!良かった!

数ヶ月後、ギブスは全て外された。
一年以上ギブスで固定されていた左手は、グ-、チョキ、パ-が出来なかった。

本当にピアノが弾ける所まで回復できるのだろうか?
生きているだけで感謝、と言う段階で良しとした方が良いのだろうか?
そんな私の心中を察したのか、「こんな手になってしまったけど、今になって自分がどんなにピアノが好きかよく解かりました。
私ピアノが弾きたいです。以前は、せっかく入った音大を何とか卒業しなくては親に申し訳ない、と思っていました。
でも今は、違います。誰の為でもない、自分自身がピアノを弾けるようになりたいのです!
先生!どんな練習でもします。またピアノが弾けるように教えてください!」
そう言った彼女の顔は涙でグチャグチャだった。
「やりましょう!でも、ゆっくりと、焦らずに!ね。」
ピアノが弾けるようになりたい! この気持ちに答えずして、ピアノ教師など出来るものかと、私は自分自身を叱咤した。

二年後、彼女はステ-ジの上にいる。
音大の卒業試験の会場だ。
以前の様にとはいかないが、一音一音を大切に、心のこもった美しい音を出す彼女の演奏からは、言葉には言い表せない何かが、伝わってくる。
音楽に対する情熱、愛情なのか、静かに胸にしみいる様な演奏だ。

がんばれ!がんばれ!Oさん!


長廻かおる

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